2017年5月26日 更新

楽しいカジノの雑学【ラスベガス編】ラスベガスは昔ラクダのいる砂漠地帯だった!

カジノといえばラスベガス!今回はカジノの街と言われるにラスベガスの一風変わった楽しい歴史に纏わる雑学をご紹介します。

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アメリカ最大のカジノ都市「ラスベガス」

夜には眩しいくらいのネオンで輝き、一攫千金の夢を抱く人々がやってくるラスベガス。
ラスベガスに1年に訪れる観光客は5000万人にも登り、カジノや観光に訪れる人達は後をたちません。
そんなラスベガスの歴史を今からご紹介していきたいと思います。
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楽しいラスベガスの歴史

ラスベガスは砂漠に覆われた土地だった

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ラスベガスの砂漠
18世紀にスペイン人のモルモン教徒によってオアシスが発見されました。それが後のラスベガスと呼ばれることになります。
オアシスと説明しましたが、当時ラスベガスがあった場所周辺は広大な砂漠でした。
そして18世紀後半にアメリカのバージニア州でゴールドラッシュが起き、砂漠の中にあったオアシスのラスベガスにも人々が住むようになり、当初はわずか25人程だった住人も増え続け、1905年にはラスベガス市となり、ユニオン・パシフィック鉄道も開通し、1911年には市政も出来ました。

大恐慌が訪れる

1929年にあの有名なウォール街の大恐慌が起こります。
1931年になるとルーズベルト大統領の政策によってフーバーダムの建設が始まり、この頃からその建設に携わる労働者の宿場町として活気が溢れてきます。

その同じ年には、ラスベガスがあるネバダ州でギャンブルに合法化が許され、ノーザンクラブという酒場がカジノライセンスを取得し、その頃から急速にラスベガスは発展していくことになります。

重要人物現る

ベンジャミン・シーゲル(あだ名はバグジー)というニューヨークマフィアがラスベガスのダウンタウンに訪れた帰りの際にリゾートホテルの建設を突如閃き、すぐに建設を開始。
そして彼が必死の思いで建設したホテルが今もラスベガスに残る「ホテルフラミンゴ」です。
現在の名前は「フラミンゴ・ラスベガス」になっていますが、フラミンゴというホテルの名前はベンジャミンが当時付き合っていたハリウッド女優の彼女がスラリと長い脚だったのでそこから「フラミンゴ」と名付けました。
その後、ホテル経営が上手く行かずベンジャミンはビバリーヒルズの自宅にて暗殺されて亡くなります。
1964年になると、世界初の電気で動くスロットや、カードゲームなどもできる電動マシンがラスベガスに導入され、その後若くして富を築いた青年実業家ハワード・ヒューズが現れ、彼が泊まっていたホテルを買収し、それからラスベガス中のホテルを手に入れていきます。
この頃から、一般のホテル企業がラスベガスに参入してきて、現在のようなラスベガスへと成長していくことになりました。

まとめ

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美緒 | 226 view

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ザンギエフ ザンギエフ